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概要

1956年(昭和31年)、「春の日本ダービーに対し、年末にも名物となるレースを作りたい」という、日本中央競馬会理事長・有馬頼寧(旧久留米藩主家当主・伯爵)の呼び掛けにより、ファン投票で出走馬が決定するレースが創設された。
「中山グランプリ」の名称で施行されたこのレースは大好評を博したが、レースからわずか17日後に有馬は急逝する。その功績を称え、「中山グランプリ」は彼の名前を冠した「有馬記念」と改称され、以来年末の風物詩として定着し、世界でも類を見ないビッグレースの一つになった。

「競馬は知らないが『有馬記念』の名前は知っている」「普段は競馬はやらないけど、年に一度有馬だけは馬券を買う」など、日頃は競馬に縁のない人々にも知名度があり、馬券の売り上げもピークの平成8年(1996年)には有馬記念の1レースだけで875億円を売り上げるなど、認知度でも売り上げでもグランプリにふさわしいレースである。なおこの平成8年の売上記録は世界記録としてギネスブックにも掲載。現在もイギリスの障害競走・グランドナショナルと並び、世界的に多くの人が賭けるレースとして知られる。

肝心のレースの方も、オグリキャップトウカイテイオーの奇跡の復活、ディープインパクトオルフェーヴルやシンボリクリスエスの圧巻の走り、メジロデュレンやダイユウサクメジロパーマーハーツクライ達が呼んだ大波乱など、毎年数々のドラマが生まれている。

JRA重賞レースの中で、皇族・王族以外の個人名が冠されるレースはこの有馬記念と、初代JRA理事長にして中央競馬の育ての親の1人・安田伊左衛門から取った安田記念のみである。
また、有馬はこの「有馬記念」を創設しただけでなく、現在の北海道日本ハムファイターズの前身球団(戦時中に解散してから戦後再建されているため、公式には別物として扱われており、埼玉西武ライオンズもこのチームに起源を求めることがある)の経営、日本の卓球界にも貢献。また農業の学者、政治家としても活動、JRAの親組織にあたる農林大臣も務めたことがある。この有馬家、旧大名家当主でありながらも、有馬の長男・頼義は直木賞作家、孫の頼央は水天宮の宮司と、歴々で全く異なる職業に就いている家系でもある。

2014年から、出走馬の枠順の抽選を、公開抽選会で行うことになった。抽選会の模様は、BS放送などもされる。

レースの変遷

2000年にジャパンカップの賞金額が大幅に増大されたことや、菊花賞/秋華賞の施行時期が早まったことで、それまで有馬記念が有していた3歳馬と古馬が集結する年末の大レースという立ち位置が被るようになり、ジャパンカップを目標にして有馬記念を回避する有力馬が増え始める。ただし、90年代以前はその逆のローテーションを組むことも珍しくなく、香港国際競走の拡充でジャパンカップに参戦する外国の有力馬が減ったことや、マイル~中距離路線を進む馬が香港を選択するケースが増え、相対的に有馬記念以外の大レースが増えたことが直接の原因なのだが、近年の扱いは立ち位置の低下を感じさせるものが多い。
しかしそれでもなお、世間一般の知名度は有馬記念の方が圧倒的に高く、年末の一大イベントという扱いは健在である。

2016年……この年、17年ぶりにジャパンカップと賞金が同額になる。
2017年……新設G1のホープフルステークスが、有馬記念より後の開催日に行われるようになったが、それに対して競馬ファンからは不満の声が耐えない。ただし、有馬記念の日がその年のJRA競馬開催の最終日にならなかったのは2012年にもあった。(有馬記念が12月23日に行われ、翌日の12月24日もメインレースは阪神カップ・G2で開催)
2020年……ホープフルステークスが土曜日に中山大障害と同時に行われ、1年の最後のG1としての有馬記念が4年ぶりに復活した。また、12月29日に開催される東京大賞典2019年からフジテレビで中継されるようになった。

歴代優勝馬及び鞍上

昭和時代

1956年(第1回):メイヂヒカリ/蛯名武五郎
1957年(第2回):ハクチカラ/保田隆芳
1958年(第3回):オンワードゼア/八木沢勝美
1959年(第4回):ガーネツト/伊藤竹男
1960年(第5回):スターロツチ/高松三太
1961年(第6回):ホマレボシ/高松三太
1962年(第7回):オンスロート/山岡忞
1963年(第8回):リユウフオーレル/宮本悳
1964年(第9回):ヤマトキヨウダイ/梶与四松
1965年(第10回):シンザン/松本善登
1966年(第11回):コレヒデ/保田隆芳
1967年(第12回):カブトシロー/大崎昭一
1968年(第13回):リュウズキ/森安弘明
1969年(第14回):スピードシンボリ/野平祐二
1970年(第15回):スピードシンボリ/野平祐二
1971年(第16回):トウメイ/清水英次
1972年(第17回):イシノヒカル/増沢末夫
1973年(第18回):ストロングエイト/中島啓之
1974年(第19回):タニノチカラ/田島日出雄
1975年(第20回):イシノアラシ/加賀武見
1976年(第21回):トウショウボーイ/武邦彦
1977年(第22回):テンポイント/鹿戸明
1978年(第23回):カネミノブ/加賀武見
1979年(第24回):グリーングラス/大崎昭一
1980年(第25回):ホウヨウボーイ/加藤和宏
1981年(第26回):アンバーシャダイ/東信二
1982年(第27回):ヒカリデユール/河内洋
1983年(第28回):リードホーユー/田原成貴
1984年(第29回):シンボリルドルフ/岡部幸雄
1985年(第30回):シンボリルドルフ/岡部幸雄
1986年(第31回):ダイナガリバー/増沢末夫
1987年(第32回):メジロデュレン/村本善之
1988年(第33回):オグリキャップ/岡部幸雄

平成時代

1989年(第34回):イナリワン/柴田政人
1990年(第35回):オグリキャップ/武豊
1991年(第36回):ダイユウサク/熊沢重文
1992年(第37回):メジロパーマー/山田泰誠
1993年(第38回):トウカイテイオー/田原成貴
1994年(第39回):ナリタブライアン/南井克巳
1995年(第40回):マヤノトップガン/田原成貴
1996年(第41回):サクラローレル/横山典弘
1997年(第42回):シルクジャスティス/藤田伸二
1998年(第43回):グラスワンダー/的場均
1999年(第44回):グラスワンダー/的場均
2000年(第45回):テイエムオペラオー/和田竜二
2001年(第46回):マンハッタンカフェ/蛯名正義
2002年(第47回):シンボリクリスエス/オリビエ・ペリエ<フランス>
2003年(第48回):シンボリクリスエス/オリビエ・ペリエ<フランス>
2004年(第49回):ゼンノロブロイ/オリビエ・ペリエ<フランス>
2005年(第50回):ハーツクライ/クリストフ・ルメール<フランス>
2006年(第51回):ディープインパクト/武豊
2007年(第52回):マツリダゴッホ/蛯名正義
2008年(第53回):ダイワスカーレット/安藤勝己
2009年(第54回):ドリームジャーニー/池添謙一
2010年(第55回):ヴィクトワールピサ/ミルコ・デムーロ<イタリア>
2011年(第56回):オルフェーヴル/池添謙一
2012年(第57回):ゴールドシップ/内田博幸
2013年(第58回):オルフェーヴル/池添謙一
2014年(第59回):ジェンティルドンナ/戸崎圭太
2015年(第60回):ゴールドアクター/吉田隼人
2016年(第61回):サトノダイヤモンド/クリストフ・ルメール<フランス>
2017年(第62回):キタサンブラック/武豊
2018年(第63回):ブラストワンピース/池添謙一

令和時代

2019年(第64回):リスグラシュー/ダミアン・レーン<オーストラリア>
2020年(第65回):クロノジェネシス/北村友一

各種記録

レースレコード
タイム:2:29.5
達成馬:ゼンノロブロイ(第49回、鞍上:オリビエ・ペリエ<フランス>)
最多勝利記録
騎手:4勝・池添謙一(第54回・第56回・第58回・第63回)
調教師:4勝・池江泰寿(第54回・第56回・第58回・第61回)

サイン馬券

一年の総決算といわれる競走のためか、特にサイン理論が起こりやすいレースとしても知られる。

2001年
この年の9月11日にアメリカ同時多発テロ事件が発生。
1着がマンハッタンカフェ(蛯名正義)、2着がアメリカンボス(江田照男)と事件に関係のあるキーワードで決着となった。

2012年
この年の「今年の漢字」が「金」だったが、1着はゴールドシップ(内田博幸)だった。

2014年
この年からプレゼンターを務めた長嶋茂雄と優勝したジェンティルドンナ(戸崎圭太)は誕生日が同じ2月20日である。
ちなみに鞍上の戸崎圭太は7月8日が誕生日。

2016年
この年のプレゼンターは田中将大だったが、6枠11番のサトノダイヤモンド(クリストフ・ルメール)が1着、1枠1番のキタサンブラック(武豊)が2着となり、馬単は田中の誕生日である11月1日と同じ11-1となった。(ちなみに田中自身は外した。)
また、4着ヤマカツエース、5着ミッキークイーンを含めて、トランプに関係した馬が4頭掲示板に乗る結果になった。(1,2着馬はスートと数字)

2017年
この年の「今年の漢字」が「北」で、キタサンブラックが有終の美を飾った。また、2着にクイーンズリングが入り、2年連続でトランプ絡みの結果となった。

2018年
平成最後の有馬記念は平成最後の天皇誕生日(12月23日)の開催となった。
結果は8番のブラストワンピース(池添謙一)が1着、12番のレイデオロクリストフ・ルメール)が2着、15番のシュヴァルグラン(ヒュー・ボウマン、豪州)が3着となったが、ワイドの1つが8-15で、天皇陛下が12月で八十五歳になったという年齢を示すサインとなった。(アラビア数字の8→5ではなく、漢数字の8-15が正解だった。)
また、「今年の漢字」は「災」で、ブラストワンピースの「ブラスト(blast)」には「突風」という意味があり、また名前にラストを含んでおり、平成最初の優勝馬イナリワンとの対比にもなった。
このレースで勝利した池添謙一は、有馬記念最多勝利記録を更新する4勝目をマークした。


ウマ娘プリティーダービーにおける有馬(有マ)記念

アプリ版においては育成シナリオ中にクラシック級(2年目)・シニア級(3年目)で最大2回の出走が可能。詳しくは→有マ記念
(同作品の作中世界においては「馬」の漢字が下点2つの異体字となっている)

なお、アプリ版がリリースされて程ない2021年3月3日、唐突に『ハルウララの有馬記念』がトレンド入りした。ゲーム内においてはある意味で負けイベントにも近い結末なのだが……
ゲーム的にはマリオカートで例えると一人だけ重量級カートで悪路を突っ走っているような戦いというだけなので理論上勝つことは可能であり、1着を取らせたいとするトレーナーが後を絶たない模様。

関連タグ

競馬関連

競馬 JRA

東京大賞典大井競馬場で行われる年の最後のG1(国際競争)・12月29日に開催される。

その他年末の公営競技の大一番(開催日)

賞金王決定戦競走(ボートレースグランプリ)…競艇(ボートレース12月23日もしくは12月24日、原則として住之江競艇場で開催されるが、7年に一度平和島競艇場など他で開催される事も)
賞金女王決定戦競走(クイーンズクライマックス)…競艇女子(12月31日、各場持ち回りで開催)
KEIRINグランプリ競輪(12月30日立川競輪場京王閣競輪場平塚競輪場を基本に持ち回り開催)
スーパースター王座決定戦オートレース(12月31日川口オートレース場で開催)

その他

冬コミ:年末の大一番ということで『有馬記念』が俗称にもなっている。冬コミ開催3日間の間には各日東京大賞典、KEIRINグランプリ、スーパースター王座決定戦と開催されているが、有馬記念も同日開催された事がある。

Fate/Grandorder2019年の第64回にて、アニメ版『絶対魔獣戦線バビロニア』が放送中のためなのか『Fate/Grandprix Order -絶対競馬戦線アリマニア-』と題しコラボした。⇒コラボ特設サイト

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